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茗荷宿(早稲田みょうが)


 江戸時代、月に三回も江戸と京都の間を往復する飛脚がいた。しかし、そこは生身の人間。ちょっとした不注意で怪我をして走れなくなることもある。
ある日、怪我をした飛脚が立ち止まっている、そこへ雨も降ってきて次の宿まで行くことは難しそうであった。


薬はつけたから一晩休めば走れそうだが、今日はさすがに無理そうだ。見回すと旅籠・茗荷屋と看板が掛かった家がある。飛脚は、この間宿(宿場町と宿場町の間の宿)で一晩を過ごすことにした。
飛脚が声を掛けると、真っ暗な宿の中から、主人が気のない返事を返してよこした。しかし、お客だと分かりガラリと態度が変わった。
 「風呂はいらないので、食事をしたらすぐに寝るから、この挟み箱を預かって欲しい。」と言う飛脚。やたらに重いので主人が中を覗くと何と五十両の包みが2つ入っている。
 主人は、茗荷をたらふく食べさせれば物忘れして百両忘れていってくれるのではと考えた。
 「屋号が茗荷屋だからちょうどいい、茗荷ならいくらでも生えているし、ダメで元々。」
と女将に命じて、茗荷の漬け物からはじまり、茗荷ご飯、味噌汁の具も茗荷、甘酒の中にも茗荷を刻んで入れる。飛脚は。はじめはうまいと食べていたが、ここまで来るとさすがに飽きたとみえる。しかし、疲れもあって、たらふく食べてすぐに眠ってしまった。
朝を迎え、主人は飛脚に挨拶。
 「おはよう。何だか頭がぼ~っとしているよ」と答える飛脚。
その言葉にほくそ笑む親父。
飛脚が「急いでいるから早く食事にしてくれ」と頼むと、またもや茗荷の味噌汁や茗荷料理が続く。
主人は、お客様が出発だからと女将をせき立てるとぼーっとしている。聞くと、
 「だって、残り物の茗荷料理、勿体ないからみんな食べちゃった」
 「お前が食べてどうするんだ!」
  主人は、新しいワラジも出して飛脚を送り出す。
 まんまと百両入った挟み箱を忘れていった。
 夫婦揃って喜んでいると、飛脚が戻ってきた。忘れ物の挟み箱を受け取り一目散に走り去った。
がっかりする夫婦。
主人が「何か忘れていった物は無いかね」と聞くと、
「あぁ、宿賃もらうのを忘れた」と女将が答える。

現在の文京区小日向から新宿区早稲田にかけての一帯に、茗荷畑が多くあったため茗荷谷の名が付いた。この落語が展開されるのも、このあたりだろうか?早稲田と言う地名も他より早く実る田圃というところから来ているらしい。
 茗荷イコール物忘れの語源は、
 仏陀の弟子に周利槃特(しゅりはんどく)という者がおり、彼は非常に物覚えが悪く、自分の名前さえ忘れることがあったため、自分の名前を書いて首にかけて(荷って)いた。
彼の死後、その墓場に草が生えたため、「名を荷る」から名荷と名付けたのが茗荷の由来という説がある。転じて茗荷を食べると物覚えが悪くなるとされた。とのこと。
茗荷からすると、迷惑な逸話であろうか?

※早稲田茗荷(JA東京中央会)

 

早稲田茗荷(井之口農園 in Tokyoイイシナ展示商談会)