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茄子娘(寺島なす、雑司ヶ谷なす)


 山の麓にある寺の和尚、厳しい戒律を守りながら日々仏門に仕える。食事はもちろん野菜のみ、ある日寺の畑で育てている茄子にむかい、「大きくなって早く菜(さい)になりなさい」と語りかけた。
 その夜、美しい女性がたずねて来た、「自分は茄子の精、妻(菜)になれと言われたので来ました」という。さい(菜・妻)違いだからと断る。しかしせっかく来たのだから肩でももんでもらおうと、蚊帳の中へ招き入れる、揉んでもらうと若いので力もあるしひんやりして気持ちがいい(茄子だから?)。すると雷鳴がとどろき、娘は驚いて和尚の胸に転がってきた。そこで和尚は過ちを犯してしまう。
朝になって娘は消え、和尚は夢かと胸をなで下ろすが、自身の修行の至らなさを恥じて、諸国行脚の旅へ出かける。5年たって寺へ帰ると、門前にいる女の子が「お父様」と語りかけてくる。聞けば、母は亡くなったが「茄子の娘」だという。あれは夢ではなかった、されば自分の子供であろうと、女の子を膝にのせて語りかける、
和尚「無人の寺で誰に育ててもらった?」
娘 「親は茄子(無く)とも、子は育つ」

江戸っ子は「初物を食べると七十五日生き延びる」といい。初秋の茄子も初茄子として、庶民の食卓を賑わせた。
また江戸では、三九日茄子(みくにちなすび)と言い、毎年九月九日、十九日、二十九日に茄子を食べる風習があったようだ。
この話の舞台となる寺は、実は鎌倉山(神奈川)らしいが、それはご愛敬として頂きたい。

寺島茄子雑司ヶ谷なす(JA東京中央会)