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池波正太郎小説と江戸東京野菜 


ご存じのように池波正太郎は、江戸庶民の生活、とくに食文化を小説の中で表現している。ここでは映画やテレビドラマにも数多くなっている、剣客商売、鬼平犯科帳の小説から食事シーンに焦点をあて、江戸東京野菜を食していたのではと勝手に妄想し、紹介させて頂く。

剣客商売・鬼平犯科帳の時代
 剣客商売の主人公 秋山小兵衛が活躍する主な期間は、安政6年(1777)~寛政5年(1793)と設定されている。一方鬼平犯科帳の主役、長谷川平蔵が火付盗賊改であった時代もほぼ同様に天明7年(1787)~寛政(1795)となっている。 ということは、それ以前に栽培流通が行われていた江戸東京野菜なら、きっと秋山小兵衛や大治郎、長谷川平蔵や同心たちが食していただろう事が推測できるわけだ。鬼平や剣客ファンであれば、物語の情景を浮かべながら食せば、味もまた一塩というわけだ。

剣客商売 大治郎の根深汁(千住ネギ)
 秋山小兵衛の一子、大治郎。諸国を巡って剣の修行の旅から帰り浅草の外れに道場を構えている。まじめ過ぎる性格から指導は厳しく、入門当初は棒振りのみという苛烈さ。それで門下生が増えず、経済的には困窮している。食事は近所の農婦が世話をしてくれるが、お金がないため具がネギだけの味噌汁と飯という事がほとんど。しかし大治郎が稽古を終え井戸端で汗をぬぐってから、根深汁を食べる描写は溜まらなく魅力的だ。
また鐘ヶ淵にある父の住まいをたずねた折りには、大治郎が近づくと「根深汁のにおいがするわえ」と揶揄される場面がある。(第1巻 女武芸者)
 根深ネギといわれる砂町ネギは天正(1573~)に摂津から持ち込まれたと言われている。大次郎の道場が浅草であることから、千住ネギだった可能性は高い。ただ砂村から千住に伝わった時期が江戸時代のというだけで明確ではないようなので、千住へ伝わる前の砂村ネギであったのかもしれない。

剣客商売 おみねの浅蜊と千住ネギのぶっかけ飯
 辻売りの鰻屋、又六は、悪い異母兄に金をせびられていたが、秋山大治郎の道場で度胸をつけてもらい、兄を退ける。そこから秋山父子と懇意になり、近所の漁師から新鮮な魚介を仕入れては小兵衛夫婦に届けたりしている。そんな又六が母親と2人で住んでいる裏長屋へある事件を調べている大治郎が又六を訪ねるが、又六はあいにく出かけている。大治郞は中で待たせてもらうが、又六はなかなか戻って来ない。夕飯時となり、又六の母が大治郞に食事を出す。
『旬の浅利の剥き身と葱の五分切を、薄味の出汁もたっぷりと煮て、これを土鍋ごと持ち出して来たおみねは、汁もろともに炊きたての飯へかけて、大治郎へ出した。』
又六とその母が住んでいたのは、深川島田町とある。旬の浅蜊とは誠に惹かれる。こちらも千住ネギが使われたにちがいない。
これが深川丼というわけだ。今では炊き込み御飯になったものが駅弁にもなっているが、本来こちらのぶっかけ飯がオリジナルのようである。
(第9巻 待ち伏せ )

鬼平犯科帳 久栄の吸い物(鴨の脂と千住ネギ)
 鬼平には鴨肉が多く登場する。これもその一つ。平蔵の妻久栄がつくったものである。
役宅での一場面。入浴を済ませた平蔵に、酒の支度とともに鴨の網焼きを出し、鴨の脂身を細く切って、千住ネギと合わせた熱い吸い物を添える。
平蔵は、「久栄。わしに、このような精をつけさせて何とするぞ?」とからかう場面がある。二代目中村吉右衛門が平蔵、妻の久栄を多岐川裕美が演じているドラマシリーズが有名である。
(第16巻 火付け船頭)

 

※千住ネギ(JA東京中央会サイト)

剣客商売 おはるの軍鶏鍋と千住ねぎ、汐入り大根
秋山小兵衛とおはるの家へ訪れた、大治郎と妻三冬。夕餉の膳に軍鶏が出る
『出汁を張った鍋がふつふつと煮えた頃、軍鶏と葱を入れては食べ、食べては入れる。醤油も味噌も使わぬのだが、「ああ・・・」と三冬がなんともいえぬ声を発して、「私このように、珍しき物をはじめて口にいたしました。」』と言う。田沼意次の子供ではこのような庶民の味はさぞ珍しく新鮮だったろう。さらに、食べ終えた後、鍋の出汁を濾して、細切りの大根を炊き込んだ飯にかけ回して食べる。こちらは汐入り大根か?最後に三冬が、義理の母になるおはるに、出汁の取り方を聞くほのぼのした描写で終わる。
池波正太郎の小説では、具が2品ほどの鍋が多い。そして小鍋立てで楽しむ場面がなんとも酒飲み心をそそる。今回は4人で囲んでいたから大鍋であったか?
(春の嵐)

 

※汐入り大根(JA東京中央会サイト)


剣客商売 汐入り大根と粉山椒
『薄めの出汁をたっぷりと張った鉄鍋の中へ太兵衛が持って来ただいこんを切り入れ、これがふつふつと煮えたぎっていた。「その小皿にとって粉山椒をふったがよい」ふうふういいながら大根をほおばった太兵衛が「こりゃうまい」?正を発したのへ、小兵衛が「そりゃ平打ちさん、大根がよいのだ。だからそのまま、こうして食べるのがいちばんうまいのじゃ」
汐入り大根であろう、いかにも当時の食べ方という感じだが、山椒というのが絶妙な薬味を選んだものだ。
(天魔 約束金二十両)

鬼平犯科帳 五鉄の鴨肉と滝野川牛蒡
これはあまりにも有名。本所二つ目橋たもとに密偵たちのアジトとなる軍鶏鍋屋五鉄がある。
平蔵が密偵達と情報を交わし盗賊を召し捕る計画を立て、また事件解決の折に密偵達の労をねぎらう場面で良く登場する。こちらは鴨のモツとささがきのゴボウを鉄鍋で煮るというから滝野川ゴボウであろう。テレビでは事件後、皆で熱々の鍋をつつくシーンが誠にうまそうであった。小説では放蕩時代の平蔵がただ飯を食べていて、家督をついでから金を返しさらに詫び代を置いていった話が記載されている。
現在、五鉄の名をとった居酒屋はあちこちにあるようだ。特に東北自動車道羽生PAにある、鬼平江戸処は小さなテーマパークで江戸の雰囲気が楽しめる。その中に五鉄もある。

※滝野川ごぼう(JA東京中央会サイト)

剣客商売 元長の先付け さやインゲンと寺島茄子の山椒醤油あえ
秋山小兵衛の歳の離れた妻おはるは、料理上手。普段は食にうるさい小兵衛に尽くしている。そんなおはるの慰労のつもりか小兵衛は行きつけの料理屋「元長」につれていく、店主で板前の長次は、先ず、さやインゲンと茄子を山椒醤油であしらったものを出してから、ボラの細切りを小兵衛の前へ運ばせるとある。
これは食事のはじめには大変いいだろう。食欲が沸いてくる。ここで使われた茄子は、場所柄、寺島茄子で間違いないだろう。
次の料理をねだるおはるに、「お前はそんなに台所仕事が嫌いか」と聞く秋山小兵衛。「たまに外へ出て食べると気がせいせいする」と答えるおはる。今でもどこかの家庭で聞こえてきそうな会話である。
(狂乱 毒婦)

※寺島茄子(JA東京中央会サイト)

剣客商売 盗賊の隠れ家菜めし屋(葉もの三種)
剣客商売の主人公は、言わずもがな剣客であり、鬼平と違い取り締まる側ではない。であるから物語の中で事件が起こるが、巻き込まれるか、自分から首を突っ込むことになる。今回も首をつっこんだらしい。『盗賊・土崎の八郎吾が今寝泊まりしている菜めし屋もそこにあった。大根や蕪の葉、小松菜など青菜を刻み、焚き混ぜた飯はいつでもあるが、そのほかには酒、熱い味噌汁。それだけしか出さぬ』 
 江戸野菜のオンパレードである。汐入り大根、滝野川蕪、小松菜。いかにも身体によさそうだ。
酒の後にはぴったりだったろう。
は先に出た又六が、大治郞の道場で修行をする場面で、朝飯に蕪の味噌汁を出される場面もある。
(隠れ簑 徳どんにげろ)

※滝野川蕪(JA東京中央会)

※小松菜(JA東京中央会)

剣客商売 木の芽味噌がけ豆腐
小兵衛の家で、久しぶりに父子2人で酒を酌み交わすシーン。おはるが手早く料理を出す。
『元長の主・長次が届けてくれた鰹を刺し身にし、冷たい木の芽味噌をかけた豆腐をおはるが手早く出した。箸をつけた大治郞が「三冬のおよぶところではない」思わず呟く。おはるがにんまりとしたところ小兵衛が「これ大治郞、そういうことを女の前でいうな、つけあがるわえ。」とたしなめる。池波小説の魅了はこの人間くさいところだろう。ここで使われた木の芽は、残念ながら足立のものではないだろう。足立での栽培は明治末期という。きっと小兵衛の庭先にあったのものを使用したのだろうか。初夏の風に吹かれながら鰹と木の芽豆腐。涼しげである。
(波紋より)

※足立のつまもの(JA東京中央会)

★江戸東京野菜を使用して、池波小説の料理が再現されました!

以下、江戸東京野菜研究会会長 大竹氏のブログを是非ご覧あれ!!!!!

江戸東京野菜通信