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郷土で輝く地方の逸品~やきりねぎの話~

初夏のさわやかな風が青々しい芳醇な香りを運んでくる。駅を降り、住宅地を抜け江戸川方面に向かう。駅からの丘陵地帯を抜けると一面のねぎ畑が眼前に広がる。

 近くに明治の文豪 伊藤左千夫の『野菊の墓』の文学碑、(政夫と民子の最後の別れの場)ただ、この地を全国的に有名にしたのは昭和時代の大ヒット曲で有内な「矢切の渡し」、あと、もう一つ忘れてならないこの地を有名にしたもの、そう、それこそが「矢(や)切(きり)葱」だ。

「やきりねぎ」美味さの理由

 本日の訪問目的の矢切葱について少し説明しよう。この地のねぎの生産は千住葱(後述)の系統で、栽培は江戸川の対岸、柴又より伝わった、もしくは砂町(現在の江東区東砂・南砂)の農家より種子と栽培方法を得て栽培されていたものとされる。いずれにしても江戸末期~明治初期に伝わったことは確かである。

 当初は自家用の栽培に留まっていたようだが、明治期に入り千住の青物市場に出荷されるようになった。当時、葱の取引価格は他の主要作物に比べ高価であったと共に、他の作物の後作も可能であったため広く栽培が広がった。

 

高品質がブランド力を高める

 

 現在、矢切葱生産農家の3代目となる平川氏に伺った。

 

~どのようにして高品質を維持しているのか?~

「矢切葱に関しては、他の農協のように共選はしていない。(※共選とは、各戸、収穫した葱を一箇所に集め選別する)他の農家も競争相手であるし、一緒にされることで品質が劣るものと一緒にされることで価値も仲買人からの信用も落ちるし。」と平川氏は語る。

(※平川さんの作業場には、農林水産大臣賞3回受賞(昭和53年から61年にかけて)の大看板が作業小屋の壁にかかっている)

 葱は他の作物と違い、育て方により、品質のバラつきがかなりの頻度で出るため、市場の仲買担当も農家(生産者)によって買取価格の差がどうしても出るようだ。

 今でも、個別に都内の有名料亭や贈答用の葱は、農家が個別に仲買と契約・発送している。

 

 もともと矢切地区は江戸川添いの肥沃は土地ではあるが、川と台地に挟まれた狭隘の地で他の産地のように広大な土地ではない。出荷できる量も限られてしまう。そのなかで栽培技術と品質にこだわったのである。品質の上で語るべきものが[矢切葱採種組合*]だ。千葉高等園芸学校(現、千葉大学園芸学部)や千葉農事試験場(現、千葉県農林総合研究センター)の支援のもと、1917年に設立され、優良品種の採種が成功し種を全国に出荷できるほどになった。自前での優良種子採種が可能となったことにより、千住市場での他の産地との差別化に成功したのである。生産農家のたゆまぬ努力と研鑽が矢切葱の名を否が応にも高めていったのである。(*参考文献:やきりねぎの話 石原 修 著) 

 その研鑽の歴史は今も受け継がれている。残念ながら、採種事業については高度成長期に入り、品質の安定化のため一代交配品種に切り替えが進み採種作業は既に無くなってしまっている。

 今は、北里大学の協力のもと[下矢切微生物研究会]を立ち上げ【カンジダパラプシローシス菌生菌製剤】という微生物の助けを借り、農薬を使わずに病気を防ぎ、収穫率を上げる試みを行っている    

 生産者のたゆまぬ技術向上には【矢切葱】の質の向上と熱意の現れであり、生産者の誇りなのだ。


品質維持と全国ブランドへの課題

 

~生産農家が増えてきていると聞いているが?~

 

 今、矢切葱を生産している農家は100戸ほど、増えてきているとの話も聞こえてくるが実際は、「兼業で離れていた生産者が40~50代になって専業農家として戻ってきているというのが正解。年齢層(35~50歳)として代替わりの時期を迎えている。実感として増えているという感じはしない。」と平川氏は話す。

 もともと、矢切地区自体、前述したとおり狭隘の地であるため、新規の開拓の場所がない。ゆえに生産量も減っている訳ではないが、劇的な増量も見込めない。

 品質の維持、流通量拡大も重要であるが、実際の問題として後継者の育成も大事であることは確かなようだ。

 

~矢切地区全体でのブランド力アップ(全国展開)の方策は?~

【矢切ねぎ】は2006年に『地域団体商標』制度が経産省 特許庁より創設された当初より、当時の松戸市長と松戸市農協組合長が地域内の特産物により取得を目指すこととなった。一定の知名度、地域で長く栽培され出荷量も多いことから白羽の矢が立った。出願に至り、2007年に、【とうかつ中央農業協同組合】を権利者として登録され広く一般に知られるようになり、農協の直販で行っていた【矢切ねぎふるさと便】の取扱量は取得前の2倍になっているとのことで一定の評価がされている。ただブランドを共有する生産者のグループにもいろいろある。

 ・農協を主に卸元として扱う生産者

 ・農協には属しているが独自の販売ルートを持って活動している生産者

 ・独自の販売ルートで活動している生産者

そこには当事者しかわからない事情がある。

「以前に農協の担当者に都内や別の場所でのプロモーションをしてはどうかと、言ったこともあるが、各戸農家の思惑が違うことが多く、まとまった意見として統一した活動ができない。」

 「『現状の品質、出荷量で満足している』人がいる一方、『もっと出荷量、品質を向上させて価値を高めよう』では、熱の入り方が違う。個々の意見を取りまとめる人がいないため、生産者全体がまとまった意見を出せる状態にない。」と語る平川氏。

それぞれの立場、考え方、方向性をまとめ上げるビジョンが無ければ容易に進められるものではない。

 

~流通に関しての現状~ 

 

 流通に関しても同じことが言える。今までは、北部市場(松戸北部市場)に卸してしたが、柏市場に移転してしまっているため、平川さんは書類だけ、柏市場に送って、産品は直接取引先に持ち込みしている。他の生産者はどうしているか分からない。南部市場(松戸南部市場)や他の東京の市場に持ち込む人もいれば、市場を通さず取引している人もいる。流通に関しては各農家に判断を任されている状態だ。

 これでは、ただでさえ生産量が増えないのに流通もバラバラでは、地域外の一般の消費者には品質がどんなに良くても知ってもらうことすらままならない。

 そもそも、名前は聞いたことがあるが、地域外の小売店では見たことがあまりなかったのは流通経路が一つではなかったことも原因のようだ。

(平川さんは、料亭、地場のスーパー数カ所に直に取引があり、他にも冬葱については「贈答用」として全国各地に出荷している) 


 

~課題克服への矜持~

 

 現在、前述の地域団体商標を使用する条件としての品質基準はなく、矢切地区で生産された(矢切地区在住の農家(JA所属)の出荷であれば他の地域産のものまで)すべての葱で【矢切ねぎ】のブランドで販売することができる。また、ブランドの不正使用をチェックすることも実質不可能である。今後、北部市場の閉場など出荷先の変更を余儀なくされている農家もおり、外部市場に対する品質保証や取引業者などに客観的な認証が必要となる場合がでてくるものと思われる。品質の保証であれば民間団体の認証である農業生産工程管理【GAP(GAP:Good Agricultural Practice)】(農業生産活動を行う上で必要な関係法令等の内容に則して定められる点検項目に沿って、農業生産活動の各工程の正確な実施、記録、点検及び評価を行うことによる持続的な改善活動。)や国による認証の下、地理的表示(GI)保護制度(長年培われた特別の生産方法や気候・風土・土壌などの生産地の特性により、高い品質と評価を獲得するに至った産品の名称(地理的表示)を知的財産として保護する制度)の導入検討が始まっていると聞いているが現状はどうなのだろう。

 

 「ブランドとしては無いよりあった方がよいとは思うが、それに頼りするのも違うのかなと思う、質は今の生産者が作り続ける限り、問題ないと考えている。地理的表示といっても矢切の耕作地はそんなに大きくないし限りがある。他の農家も代替え地といって、他の地域にいっても葱を作り続けている。不思議でもないが、品質もここでつくるのとそんなに変わらないようだ。ここで作り続けていくにしろ、次代への伝承がうまくいけば、矢切葱の品質が落ちることはないと思う。」

 「名前も確かに重要だが、消費者の方々も製品に目利きの人が多いだけに名前だけで売るようなことはしていない。」と語る平川氏。

 

 生産量、ブランド力向上、流通過程、後継者問題について課題と思われる現状を伺った。

 聞いただけでは容易に解決できる話しではないことがわかった。

  

 この言葉に「生産者のプライド」、もっと格好良く言えば「看板(ブランド)を背負った生産者の宿命」みたいな覚悟が感じられた。これからも平川さんは良質な美味しい「やきりねぎ」を作られるだろう。もし、「やきりねぎ」を手に入れられる幸運があれば、確かめてほしい、その質の高さ、あの独特な芳醇な香り。古来より伝わる香味野菜「ねぎ」の至高の逸品を。

 

 ただ今はシーズンが終わり、次の冬葱の苗を育てている段階だ。本来、冬葱がもっとも太く育ち美味とされている(年明け1月~2月)冬にまたいらっしゃいとの言葉を頂いた。お土産を期待して待つこととする。


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