伝統野菜の復活は地方創生の種

 

 

江戸東京野菜研究家 大竹道茂氏に聞く

 

 

1.高度経済成長は江戸東京野菜を壊滅させた!

 

 「現在東京で江戸東京野菜を作っている農家は180位かな」と大竹氏は言う。

れは、大竹氏が1980年代から江戸東京野菜(伝統野菜)の復活に取り組んで来た証である。

それ以前の江戸東京野菜は壊滅状態の寸前にまで陥っていた。

 我が国は1960年代を中心に高度経済成長政策をとった。

象徴的な出来事は1964年の東京オリンピックであり。1970年の大阪万博である。

第一次産業中心から第二次産業へ、農村から都市へと人口移動が起こった。

当然、食糧供給の為の施策が必要となる。

野菜生産出荷安定法にもとづき、主要野菜については野菜指定産地および指定消費地域が定められた。

次に人口が増加すれば宅地の供給が必要になる。

宅地供給対策として、農地転用統制の一部解除と固定資産税等に累進課税を課し農地を宅地に転用して行った。

この施策で江戸東京野菜は壊滅状態に陥った。

 東京近郊で固定種(江戸東京野菜)を使った野菜を生産している農家は、野菜指定生産地で生産性の高い交配種で野菜を生産している農家には敵わない。その上、農地の宅地化が進んでいくわけだから江戸東京野菜の趨勢は推して量れる。

江戸東京野菜の種は固定種で、我々が日頃食べている野菜の種は交配種だそうだ。

固定種の野菜は、農家が昔から自家採種をしながら栽培してきた野菜。交配種の野菜は、種苗メーカーが人為的に品種改良した種で栽培した野菜。

交配種は形、色、味が固定種より良く生産性が高い。ただ、交配種の初代の種はそこから取れた2代目の種に同じ性質を受け継がない。要するに、農家は作付けの度に種苗メーカーから交配種を買わなければならない事になる。

 現在、大根は青首大根が主流。江戸東京野菜の一つである亀戸大根は白首で辛いそうだが、粋な江戸っ子は「白首大根」と言う言葉もあるそうだ。 

      ※(江戸東京野菜通信ブログより) 

 

2.江戸東京野菜の歴史は参勤交代から始まる!

  江戸東京野菜の起源はいつなのか?大竹氏に伺った。

  人間にまつわるものは、大なり小なり経済に影響されて進化する。江戸東京野菜の壊滅が日本の工業化に起因するなら、江戸東京野菜の誕生は江戸への人口集積に起因する。

 江戸は18世紀初頭には100万都市になっていたと言われるが、家康入城前には江戸の大手門付近には100軒程度の藁葺の町屋しかなかったらしい。特に江戸の経済を一層拡大させたものは1635年から始まった参勤交代だと言われている。 

     ※(藤堂様御国入行列附版画/伊賀文化産業協会蔵)

 

  武士が長期滞在するに当たって、武家屋敷が建設され、武家を支える商人や町人も急増した。当然食糧の供給が必要になる。そこで江戸近郊の土壌に合う野菜が作付けされていった。

  練馬大根にまつわるこんなエピソードがある。

 練馬大根は白首大根で重さは通常で12kg前後、長さは約70-100cmになる。食べ出がある。辛みが強くたくわん用として重宝されたそうだ。 

練馬大根の起源は、5代将軍徳川綱吉が松平右馬頭綱吉と名乗っていた頃に由来する。 

当時、綱吉が脚気に掛かり陰陽師に占わせた。陰陽師は「馬」の字のつく土地で療養する事を勧め、綱吉は豊嶋郡の練馬で療養した。 

このとき、練馬の農家の生活を楽にしようと尾張から大根の種を取り寄せ、近在の百姓に作らせたところすばらしい大根ができあがった。 

練馬がある武蔵野台地は関東ローム層で、この土壌が栽培に適していたようである。 

これが後の練馬大根になり、人口百万をこえる江戸の需要にこたえる江戸野菜の供給地として、練馬大根の栽培が発展して行った。 

その練馬大根は、参勤交代の武士が国元に持ち帰ったり、種屋から行商人によって全国に販売されたりしたそうだ。 

 

 

 

 

※(練馬区ホームページより引用) 

3.江戸東京野菜とは      

 

 江戸東京野菜は、江戸期から始まる東京の野菜文化を継承するとともに、種苗の大半が自給または、近隣の種苗商により確保されていた昭和中期(昭和40年頃)までのいわゆる地方栽培品種、または従来の栽培法等に由来する野菜のこと言う。 

 以下は「20173月現在JA東京で認可されている江戸東京野菜」。 

練馬ダイコン、伝統大蔵ダイコン、亀戸ダイコン、高倉ダイコン、東光寺ダイコン、志村みの早生ダイコン、

汐入ダイコン、品川カブ・滝野川カブ、金町コカブ、下山千歳白菜、後関晩生小松菜、城南小松菜、

シントリ菜、青茎三河島菜、ノラボウ菜、奥多摩ワサビ、砂村三寸ニンジン、馬込三寸ニンジン、

滝野川大長ニンジン、アシタバ、内藤トウガラシ 寺島ナス、雑司ヶ谷ナス、おいねのつる芋、馬込半白キュウリ、

高井戸半白キュウリ、本田ウリ、小金井マクワ、東京大越ウリ、鳴子ウリ・府中御用ウリ、

内藤カボチャ・角筈カボチャ・淀橋カボチャ、滝野川ゴボウ、渡辺早生ゴボウ、砂村一本ネギ、

千住一本ネギ、拝島ネギ、早稲田ミョウガ、谷中ショウガ、八王子ショウガ、東京ウド、タケノコ(孟宗竹)、

三河島エダマメ、川口エンドウ、足立のつまもの(穂ジソ、ツル菜、木の芽、鮎タデ、あさつき、メカブ、紫芽) 

 

4.江戸東京野菜で街おこし

  伝統野菜振興と地域創生について具体的事例を大竹氏に伺った。 

亀戸大根収穫祭・福分けまつりをご存じだろうか? 

 毎年3月の第二日曜日に亀戸の香取神社で開催されているイベントで今年18回を迎えた。これは亀戸大根の保存と地域振興の為に開催しているイベントだそうだ。 

江戸末期に栽培が始められた亀戸大根は、元々香取神社の周辺で栽培されていたそうだが、今日、近隣の栽培農家では江戸川区、葛飾区に数軒になってしまっている。そこで、亀戸地区の小学校や商店街が一体となりイベントを催し地域振興を行っている。 

 亀戸大根は昔から多くの福をもたらすと言い伝えられ、別名「福分け大根」と呼ばれていた。この故事に倣い、亀戸地区の小学校の校庭で亀戸大根を栽培し、その収穫祭として香取神社でイベントを開催している。そこでは、来場者に亀戸大根を無料で分ける「福分け祭り」を中心に、当日は亀戸大根を使った味噌汁やまんじゅうも振る舞われ、大勢の人たちで賑わっている。 

 近隣商店街においても、街路柱へ銘鈑を提示したり、大根をモチーフとしたロゴを制作し個店の関連ブランド作りを促進させたりしている。その結果、亀戸大根を素材とした飲食店メニューや漬け物など直接的な活用に止まらず、大根の形状をモチーフとした亀戸大根せんべい等も登場している。 

  ※(江戸東京野菜通信ブログより) 

品川蕪の品評会はご存じだろうか? 

  ※(江戸東京野菜通信ブログより) 

  2012年から開催されている「品川蕪品評会」のお蔭で品川蕪の栽培は区民の中に広がった。

今ではこの品評会の参加者は東京全域に広がろうとしている。 

品川蕪は、江戸時代に品川宿周辺で栽培されていた長さ20センチほどの細長いカブで、見た目はダイコンに近い。明治以降生産が減り、ついには文献上のものとなってしまったが、「東海道品川宿なすびの花」の代表大塚好雄さんが復活させた。 

  この品評会は、収穫した品川蕪の形や大きさ、葉の色や全体のバランスなどを競い合うもので、品川蕪を使用したオリジナル商品の開発・販売を通じて、まちおこしに取り組んでいる。 

イベント当日は、品川蕪入りの品川汁などが振る舞われ、品川蕪を栽培している区内の小学校や保育園、他区の小学校なども参加し、品川神社の境内は大勢の人で賑わっている。

 商店街の有志も、商店街のお祭りには品川蕪を使った商品を相次ぎ開発。品川蕪入りまんじゅうは、皮にもあんこにも蕪が入っていて、蕪の味が楽しめる。 

 

5.世界へPR江戸東京野菜 

 2020年東京オリンピック開催に向けて、様々な日本の良さを訪日外国人にアピールする動きがあるが、江戸東京野菜も勿論プロモーション活動を行っている。 

例えば201366日に国賓としてフランスのオランド大統領が来日された。

 【以下は江戸東京野菜通信ブログより】

 オランド大統領は7日、天皇皇后両陛下による公式歓迎行事に出席したあと、安倍総理と会談、共同記者会見に臨んだ。また、昼食の模様は、TBSテレビ「Nスタ」で報道され、食材として江戸東京野菜が料理され、生産者・木村重佳さんが紹介された。 

  ※(2013/06/08江戸東京野菜通信ブログより) 

  Nスタの独占取材として放送された内容は、総理大臣官邸で行われた、安倍総理主催のオランド大統領とのランチ。 

日本の文化を広めようと、日本人のトップシェフが手掛けた料理は、フレンチと和食の究極のメニューで食文化交流を掲げている。 

食材は、安倍総理の出身地・山口産のマナガツオ、フランスのリムーザン牛と神戸牛の西京漬けロースト。木の芽味噌ソースと5種の「江戸東京野菜」添え。メインの牛肉に彩りを添えた、江戸東京野菜の金町コカブ、伝統小松菜、東京うど、奥多摩ワサビなどの5種。 

番組では、生産者の1人、木村さんは「東京にもこう云う野菜があって、これを世界にアピールするには、今回はうってつけの機会をいただけたと思っています」と語った。 

地産地消として「江戸東京野菜」を取り上げてくれた三國清三シェフは、金町コカブをくりぬいてトリュフを埋め込むなど、ひと手間もふた手間もかけて仕上げ、「絶妙なハーモニーに仕上がって、大統領も安倍総理はじめ大臣方にも、最大限の賛辞を頂いた」と語った。 

【以下は江戸東京野菜が掲載された家庭画報国際版が世界で発売された。】

  ※(2013/11/4江戸東京野菜通信ブログより)

 【以下は国連世界食糧計画(WFP)の201721日のブログに「江戸東京野菜」が紹介された。】

 

6.伝統野菜は地方創生の種

 大竹氏は1980年代から江戸東京野菜の復興の為に尽力して来た。 

恐らく、東京近郊の江戸東京野菜(伝統野菜)栽培農家や関係者で大竹氏を知らない者はいないのでしょう。大竹氏の伝統野菜の復興に掛ける思いや行動は、自ずと地域活性化に通じていたのである。 

 TPPは行方知れずだが、日米の2国間FTA協議は恐らく始まるのだろう。農業関係者は自由化に期待している者、怯えている者と様々な思いを抱いている。

しかし、農商連携で活性化を図っている地域は数多くある。 

京野菜や加賀野菜など伝統野菜で地方創生をサポートしているブランドもある。 

どの地にも伝統野菜は有るはず。その種を探し出す根気や栽培してくれる農家など協力者を引込む執念。これがあれば地方再生の大きな力になるのだろう。

大竹道茂氏ブログ「江戸東京野菜通信」

 

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