【トピックス011】

農業体験と新しいライフスタイルの提案

田舎の人の「知ってほしいこと」と

都会の人の「知りたいこと」が、つながる瞬間

 

一般社団法人INAKA PROJECT 平野史人代表に聞く

 

 

平野さんは、さいたま市の東に広がる見沼田圃で、都会で暮らす人々のために農業を中心に自然を体験できる場を提供しています。農家でもない平野さんが、どのような経緯でこのような想いに至ったかを伺いました。




ハワイでの生活そして、アフリカ、ドバイ探訪

 平野さんは、学生時代ハワイで過ごされたと聞きましたが? 

 私はさいたま市の生まれですが、子供の頃から自然の中で遊ぶ事が好きでした。サーフィンを知り、どうせやるなら、本場ハワイでと、現地の大学へ留学しました。素晴らしい環境の中での生活はとても贅沢な時間でしたが、若い自分には刺激が足りないとも感じていました。また色々な国の人に囲まれた生活の中で、自分の国の事をうまく説明出来ないことに愕然としました。今まで外にしか目が向かず日本の事をあまりにも知らない事に気づいたのです。卒業後も現地でサーフッショプのスタッフとして働いていましたが、一度日本の事をよく知らねばという想いが沸き、帰国する事にしました。

 

それは海外で生活しないとわからない感覚かもしれませんね。


 帰国後は個人輸入のアパレル業を始めました。仕事はうまくいっていましたが昼夜逆転のような生活になり、その生活スタイルに違和感を捨てきれませんでした。自然の中にいては刺激を求め、都会の中では自然を求める。本当はどんな生活がしたいのだろう?自分にはどんな生活スタイルが必要なのだろうと考え始めます。それで自然と都会の両極端な場所を見てみたいと想うようになり、仕事をやめて旅に出ました。

 

それで、アフリカとドバイへ一人旅に?

アフリカではサバンナキャンプを経験し、自然と同じリズムで過ごす生活をしてマサイ族とも交流する機会を得ました。一方ドバイは、急激に経済発展を遂げた国ですが、そこへ出稼ぎに来ている多国籍の人達と話をすることができました。この旅は自分自身に「豊かさとはなにか」を気づかせてくれる良い体験となりました。そして自分の居場所がどこなのか、わかったような気がしました。

人里離れた場所で暮らすのではなく、経済活動も行った上で、自然とも一定の距離を保ってつきあえる場所(スタンス)です。

自分の居場所をみんなの居場所に

 

アフリカ、ドバイの旅を終えて、日本ではなにをされましたか?

  ハワイで感じた日本をもっとよく知りたいという気持ちが、より大きくなりました。それで土地に根ざした生活がしたくなり農家との交流サイト「WWOOF JAPAN」というサイトに登録し、千葉県鴨川市で農的なライフタイルを送る古民家のオーナーの方とコンタクトをとりました。この交流サイトは、労働力を提供する代わりに農業体験をしながら住まいと食事の提供を受けられるシステムです。

 はじめは草刈りばかりで、うんざりしていましたが、そのオーナーと食事をしながら話すうちに、お互いの事が少しわかるようになりました。そのオーナーは、田舎に興味ある人のために古民家を管理して農的なライフスタイルを送りたい人の受け入れをしていました。

 


 鴨川での生活が自分にとって心地良くなってきたある夜の事、「古民家の管理をしていく事は資金的な面でも、労働力的な面でも正直、楽ではない。」少し酔ったオーナーが漏らした一言に、私の気持ちが動きました。自然と古民家の為に何かやりたいと思い、仲間を集め週末に古民家に通う事になったのです。口コミやWEBを通して、だんだん仲間も増え小さなコミュニティが出来ました。そんな中でオーナー指導のもと、米づくりをする事になり、ここで本格的な、「週末は田舎暮らし」のスタイルができあがりました。

 

INAKA PROJECTの原型ができたのですね。

自分が行き着いたこの居場所「都会と田舎をほどよく往復する生活」は、多くの都会人にとって価値があるのではないかと感じるようになりました。生活を全て田舎暮らしにシフトするのは、かなり高いハードルがあるけど、こうゆうスタンスで自分の田舎を持つことは可能なのではないかと・・・。

LIFE IS GOOD!そしてINAKA PROJECT始動

活動拠点をさいたま市に移すきっかけは?

 オーナーの想いが拡がっていき、古民家を中心に自然体験を提供するスペースは、カフェや宿泊などのサービスも始めていました。雑誌の取材なども入り、任意団体「LIFE IS GOOD」と名乗ることになります。

 

 しかし活動が活発になるとメンバーの負担も増えてゆきます。住いのあるさいたま市と鴨川市の距離的な問題も出てきました。「無理をしても長くは続かない。メンバーが疲弊してしまう前に、地元さいたま市で、しっかりと力をつけよう。」自分達のビジョンが見えて来て、しっかりとした拠点の必要性を感じていた時でした。さらに組織的にも活動の幅を増やせるように、正式に法人化し「一般社団法人INAKAPROJECT」を立ち上げました。

 

LIFE IS GOODとINAKA PROJECTの趣旨を教えてください。

 ホームページでは、このように宣言しています。

地元農家さんと一緒にみんなの『田舎でやってみたいワクワク』をカタチにするPROJECT!!

田舎の人の『知ってほしいこと』、都会の人の『知りたいこと』が繋がる瞬間を大切にしています。

 新しいライフスタイルの提案を趣旨とする団体というかポリシーが「LIFE IS GOOD」

その中の具体的プロジェクトが「INAKA PROJECT」です。

 INAKA PROJECTは、第一次産業者と手を組んで、地域に根ざした活動を中心とします。

まずは見沼田圃をもっと知ってほしい。どんなところで、どうゆう農業をしているのか?そしてどんな課題を抱えているのか。イベントに参加する人に楽しんでもらう事はもちろんですが、それらの問題を少しでも知ってもらえたらと思っています。


農業課題を解決するためのアプローチ

さいたま市ではどのような課題がありますか?

 さいたま市は、子供のころから馴染みのある場所でした。現在のパートナー浅子ファームさんを紹介頂き、周囲の農家さんとも話しをしてゆく中でわかったのは、農業自体の衰退、後継者不足で、耕作放棄地が多くなり、獣害も増えてしまった。全国的問題がここにも存在していました。従来型の農業では営農者を増やせない。それらの問題を私たちのやり方で少しでも改善出来ればという気持ちで活動しています。

 農家さんが持つ経験と技術に、私達のアイディアとマンパワーを合わせれば、新しい形の農業、農地活用が可能ではないかと考えています。

 

現在の活動状況は?

 現在、浅子ファームさんと提携し、畑や田んぼで農作物を作り、都会の人に自然体験を提供しています。最近は山羊の飼育も始めました。僕らが活動することで耕作放棄地を減らすことができ、さらにその場所がイベントなどのスペースとして使えるようになっています。

 また埼玉県との半年に渡る話し合いを経て、7500㎡の公有地の管理委託権を取得できましたので、ひまわり畑や米、野菜作りの体験スペースを拡張できました。さいたま市に来て今年で3年程経ちますが、メンバーも増え個人の体験希望者だけでなく、企業の社会貢献の場としても活用されてきました。

現在どのようなイベントを行っていますか?

 

 大きなものでは、米作りの工程にあわせた、田植え、稲刈りなどがありますが、それ以外に養鶏場の卵を使った究極の卵かけ御飯を食べるイベントなどもあります。自分達で育てた米を羽釜で炊いて、採れたての卵をかけて食べるイベントです。その他に収穫した野菜を料理してビールを飲む、ビアファームなど、ほぼ毎週、なんらかのイベントを開催しています。子育て世代のファミリーに多く参加頂いています。


今後の計画は?

 小規模農家さんでは、作業場所がなく困っています、そういう方達のための共有保管庫や作業場など作りたいと思っています。将来直売所として利用することも出来るだろうし、食の流通の場所というか生産者との交流の場にできればいいですね。一般的な物流を介するのではなく、都会の人達がダイレクトに食のインフラを持つ事ができれば有事の際、大変価値があるのではないかと思っています。

 また街に近い場所にスペースを持ちたいですね、歩いている人がふらっと立ち寄れる場所、自然と都会をつなぐ新しい拠点にできればと考えています。

 来年は、次のステップとして漁業へもチャレンジしていこうと思っています。問題意識を持って、課題解決をするという姿勢は変えず、自分達らしい活動で漁業を活性化してきたいです。

 

平野さん本日はありがとうございました。

 

 

インタビューを終えて

 見沼田圃は、市街化調整区域として、無計画な都市開発から守られていますが、農業の新規参入や新しい形の農業をめざす人からは、障壁の高い地域とも聞きます。行政には、古い制度を守るだけでなく時代にあった対応をして頂きたいと、さいたま市民として思う次第です。

 

お会いするまでは、ワイルドなイメージしかありませんでしたが、目の前で微笑みを浮かべながら静かに話される平野さんは、どこか思慮深い研究者にも見えました。しかし、その精悍な顔つきからは、意思の強さや、たぐいまれな行動力も伺えます。きっとたくさんの仲間から、とても信頼されているのだろうなと感じました。

これからも、ご活躍を楽しみにしています。

皆さんも、週末のイベントに参加してみてはいかがでしょう?

(彩邦)


 

一般社団法人 INAKAPROJECT

INAKAPROJECT 浅子ファーム

埼玉県 さいたま市緑区大崎1730

 

https://www.facebook.com/inakaproject/

問い合わせ:info@inakajapan.com

INAKA PROJECTのFACEBOOKには、笑顔いっぱいの活動動画がアップしてあります。是非ご覧ください。


【トピックス010】


 初夏のさわやかな風が青々しい芳醇な香りを運んでくる。駅を降り、住宅地を抜け江戸川方面に向かう。駅からの丘陵地帯を抜けると一面のねぎ畑が眼前に広がる。

 近くに明治の文豪 伊藤左千夫の『野菊の墓』の文学碑、(政夫と民子の最後の別れの場)ただ、この地を全国的に有名にしたのは昭和時代の大ヒット曲で有内な「矢切の渡し」、あと、もう一つ忘れてならないこの地を有名にしたもの、そう、それこそが「矢(や)切(きり)葱」だ。

「やきりねぎ」美味さの理由

 本日の訪問目的の矢切葱について少し説明しよう。この地のねぎの生産は千住葱(後述)の系統で、栽培は江戸川の対岸、柴又より伝わった、もしくは砂町(現在の江東区東砂・南砂)の農家より種子と栽培方法を得て栽培されていたものとされる。いずれにしても江戸末期~明治初期に伝わったことは確かである。

 当初は自家用の栽培に留まっていたようだが、明治期に入り千住の青物市場に出荷されるようになった。当時、葱の取引価格は他の主要作物に比べ高価であったと共に、他の作物の後作も可能であったため広く栽培が広がった。

 

高品質がブランド力を高める

 

 現在、矢切葱生産農家の3代目となる平川氏に伺った。

 

~どのようにして高品質を維持しているのか?~

「矢切葱に関しては、他の農協のように共選はしていない。(※共選とは、各戸、収穫した葱を一箇所に集め選別する)他の農家も競争相手であるし、一緒にされることで品質が劣るものと一緒にされることで価値も仲買人からの信用も落ちるし。」と平川氏は語る。

(※平川さんの作業場には、農林水産大臣賞3回受賞(昭和53年から61年にかけて)の大看板が作業小屋の壁にかかっている)


 葱は他の作物と違い、育て方により、品質のバラつきがかなりの頻度で出るため、市場の仲買担当も農家(生産者)によって買取価格の差がどうしても出るようだ。

 今でも、個別に都内の有名料亭や贈答用の葱は、農家が個別に仲買と契約・発送している。

 

 もともと矢切地区は江戸川添いの肥沃は土地ではあるが、川と台地に挟まれた狭隘の地で他の産地のように広大な土地ではない。出荷できる量も限られてしまう。そのなかで栽培技術と品質にこだわったのである。品質の上で語るべきものが[矢切葱採種組合*]だ。千葉高等園芸学校(現、千葉大学園芸学部)や千葉農事試験場(現、千葉県農林総合研究センター)の支援のもと、1917年に設立され、優良品種の採種が成功し種を全国に出荷できるほどになった。自前での優良種子採種が可能となったことにより、千住市場での他の産地との差別化に成功したのである。生産農家のたゆまぬ努力と研鑽が矢切葱の名を否が応にも高めていったのである。(*参考文献:やきりねぎの話 石原 修 著) 

 その研鑽の歴史は今も受け継がれている。残念ながら、採種事業については高度成長期に入り、品質の安定化のため一代交配品種に切り替えが進み採種作業は既に無くなってしまっている。

 今は、北里大学の協力のもと[下矢切微生物研究会]を立ち上げ【カンジダパラプシローシス菌生菌製剤】という微生物の助けを借り、農薬を使わずに病気を防ぎ、収穫率を上げる試みを行っている    

 生産者のたゆまぬ技術向上には【矢切葱】の質の向上と熱意の現れであり、生産者の誇りなのだ。

品質維持と全国ブランドへの課題

 

~生産農家が増えてきていると聞いているが?~

 

 今、矢切葱を生産している農家は100戸ほど、増えてきているとの話も聞こえてくるが実際は、「兼業で離れていた生産者が40~50代になって専業農家として戻ってきているというのが正解。年齢層(35~50歳)として代替わりの時期を迎えている。実感として増えているという感じはしない。」と平川氏は話す。

 もともと、矢切地区自体、前述したとおり狭隘の地であるため、新規の開拓の場所がない。ゆえに生産量も減っている訳ではないが、劇的な増量も見込めない。

 品質の維持、流通量拡大も重要であるが、実際の問題として後継者の育成も大事であることは確かなようだ。

 

~矢切地区全体でのブランド力アップ(全国展開)の方策は?~

 

 【矢切ねぎ】は2006年に『地域団体商標』制度が経産省 特許庁より創設された当初より、当時の松戸市長と松戸市農協組合長が地域内の特産物により取得を目指すこととなった。一定の知名度、地域で長く栽培され出荷量も多いことから白羽の矢が立った。出願に至り、2007年に、【とうかつ中央農業協同組合】を権利者として登録され広く一般に知られるようになり、農協の直販で行っていた【矢切ねぎふるさと便】の取扱量は取得前の2倍になっているとのことで一定の評価がされている。ただブランドを共有する生産者のグループにもいろいろある。

 ・農協を主に卸元として扱う生産者

 ・農協には属しているが独自の販売ルートを持って活動している生産者

 ・独自の販売ルートで活動している生産者

そこには当事者しかわからない事情がある。

「以前に農協の担当者に都内や別の場所でのプロモーションをしてはどうかと、言ったこともあるが、各戸農家の思惑が違うことが多く、まとまった意見として統一した活動ができない。」

 「『現状の品質、出荷量で満足している』人がいる一方、『もっと出荷量、品質を向上させて価値を高めよう』では、熱の入り方が違う。個々の意見を取りまとめる人がいないため、生産者全体がまとまった意見を出せる状態にない。」と語る平川氏。

 それぞれの立場、考え方、方向性をまとめ上げるビジョンが無ければ容易に進められるものではない。

 

~流通に関しての現状~ 

 

 流通に関しても同じことが言える。今までは、北部市場(松戸北部市場)に卸してしたが、柏市場に移転してしまっているため、平川さんは書類だけ、柏市場に送って、産品は直接取引先に持ち込みしている。他の生産者はどうしているか分からない。南部市場(松戸南部市場)や他の東京の市場に持ち込む人もいれば、市場を通さず取引している人もいる。流通に関しては各農家に判断を任されている状態だ。

 これでは、ただでさえ生産量が増えないのに流通もバラバラでは、地域外の一般の消費者には品質がどんなに良くても知ってもらうことすらままならない。

 そもそも、名前は聞いたことがあるが、地域外の小売店では見たことがあまりなかったのは流通経路が一つではなかったことも原因のようだ。

(平川さんは、料亭、地場のスーパー数カ所に直に取引があり、他にも冬葱については「贈答用」として全国各地に出荷している) 

 

~課題克服への矜持~

 

 現在、前述の地域団体商標を使用する条件としての品質基準はなく、矢切地区で生産された(矢切地区在住の農家(JA所属)の出荷であれば他の地域産のものまで)すべての葱で【矢切ねぎ】のブランドで販売することができる。また、ブランドの不正使用をチェックすることも実質不可能である。今後、北部市場の閉場など出荷先の変更を余儀なくされている農家もおり、外部市場に対する品質保証や取引業者などに客観的な認証が必要となる場合がでてくるものと思われる。品質の保証であれば民間団体の認証である農業生産工程管理【GAP(GAP:Good Agricultural Practice)】(農業生産活動を行う上で必要な関係法令等の内容に則して定められる点検項目に沿って、農業生産活動の各工程の正確な実施、記録、点検及び評価を行うことによる持続的な改善活動。)や国による認証の下、地理的表示(GI)保護制度(長年培われた特別の生産方法や気候・風土・土壌などの生産地の特性により、高い品質と評価を獲得するに至った産品の名称(地理的表示)を知的財産として保護する制度)の導入検討が始まっていると聞いているが現状はどうなのだろう。

 

 「ブランドとしては無いよりあった方がよいとは思うが、それに頼りするのも違うのかなと思う、質は今の生産者が作り続ける限り、問題ないと考えている。地理的表示といっても矢切の耕作地はそんなに大きくないし限りがある。他の農家も代替え地といって、他の地域にいっても葱を作り続けている。不思議でもないが、品質もここでつくるのとそんなに変わらないようだ。ここで作り続けていくにしろ、次代への伝承がうまくいけば、矢切葱の品質が落ちることはないと思う。」

 「名前も確かに重要だが、消費者の方々も製品に目利きの人が多いだけに名前だけで売るようなことはしていない。」と語る平川氏。

 

 生産量、ブランド力向上、流通過程、後継者問題について課題と思われる現状を伺った。

 聞いただけでは容易に解決できる話しではないことがわかった。

  

 この言葉に「生産者のプライド」、もっと格好良く言えば「看板(ブランド)を背負った生産者の宿命」みたいな覚悟が感じられた。これからも平川さんは良質な美味しい「やきりねぎ」を作られるだろう。もし、「やきりねぎ」を手に入れられる幸運があれば、確かめてほしい、その質の高さ、あの独特な芳醇な香り。古来より伝わる香味野菜「ねぎ」の至高の逸品を。

 

 ただ今はシーズンが終わり、次の冬葱の苗を育てている段階だ。本来、冬葱がもっとも太く育ち美味とされている(年明け1月~2月)冬にまたいらっしゃいとの言葉を頂いた。お土産を期待して待つこととする。


 

 

←【ダイジェスト動画】公開中!!

 

 

 

 こちらからダウンロードお願いします。

              

 

 https://quik.gopro.com/v/xCbMnxoKa1/

 


【トピックス009】

儲かる農業の仕掛け人

農業のユニクロを目指す!

農業は英語でagricultureと書く。

Agro(田畑)とculture(生活集団)と分解してみると

農業とともに集落が形成され、文化が生まれ、それが歴史や伝統となって来た事が良くわかる。

しかし、18世紀後半の産業革命以降は、作る側(industry)と買う側(market)と言う価値観の中で経済が大きく変貌して行った。

日本においても、明治以降は農地から都市へ人が移動し、様々な産業が芽生え発展してきた。

その中で農業は果たして産業化されてきたのだろうか?

日本の農業は農産業に変貌して行ったのだろうか?

北米やオーストラリアの様に、農業の歴史が産業革命以降の国は、農産業としての経営課題は織り込み済みであったのであろう。

日本の農業は数千年の歴史があり、そこには土着的な要素がある。そして戦後の誤った農業政策によって産業化が妨げられた。

21世紀になって、ようやく農業の産業化や6次化と言う言葉が出回りだしたが、果たして構造改革は進んでいるのだろうか?

そこで今回は、マーケティングオリエンテッドと言う概念の元にサプライチェーンを構築し、日々進化し続ける若武者、左今克憲さんに取材を行った。

株式会社アグリゲート代表取締役 左今克憲氏
株式会社アグリゲート代表取締役 左今克憲氏

SPFって何?

左今さんが経営するのは株式会社アグリゲート。

2010年に設立された農産業のサプライチェーンを全て包含する会社だ。

その目指すビジネスモデルはSPF。

SPFとはspeciality store retailer of private label Foodでありこれはユニクロや無印良品のSPAに倣った表現だ。

その仕組みはこうだ。

農産業の生産から販売までの一貫した企画を考え、新たな規格を構築する。

 

▼SPF(Specialty store retailer of Private label Foods)概要図


引用 株式会社アグリゲート HPより

   http://agrigate.co.jp/service/

 

まず、生産(仕入)に関しては時期にもよるがだいたい自社農場1割、産直4割、市場5割と言う構成。

産直に関しては150を超える全国の生産者から仕入れている。

現状は95%が青果物で残りが加工食品。今後は生産者と共に企画した加工食品も増やして行く予定だそうだ。

販売実店舗は、8店舗。飲食店(蕎麦屋)1店舗。それに通販が加わる。近い将来は東京を中心に50店舗の出店を目標としている。

アグリゲートの旬八青果店
アグリゲートの旬八青果店

月に一度程度の頻度でマルシェの依頼をいただき、出店することで市場分析も行っている。

このSPFのビジネスモデルの中で注目すべき点は、「情報の楔」がすべてのサプライチェーンの中に埋め込まれている事だ。

この情報の共有が生産、流通、販売の各場面において革新的な知恵の種となっている。

 

昔ながらの八百屋さん

実店舗の販売は昔ながらの販売手法だ。

お勧めの食材にレシピ提案をする。

「今日は大根が入ったよ。奥さん今晩は秋刀魚だね!」

などと言う提案よりもうチョット高度なレシピ提案をしている。

しかし、このレシピ提案は、昔ながらでは決してない。

社員それぞれが体得済みのレシピを、社内SNSに投稿し、各自がチェックすることにより、情報を共有し、お客様に提案する事が出来る。

商品にも工夫がある。

規格外D級品の販売である。(農産品の全体の3割程度がD級品で廃棄処分されているといわれている)

味、品質が全く同じでも、曲がったキュウリは売れない、と言う固定概念払拭した商品である。これは当然廉価で仕入れて廉価で販売する。消費者には当然感謝されそこで会話も生まれる。

規格外とされてしまうユニークな形のきゅうりも店頭に並ぶ
規格外とされてしまうユニークな形のきゅうりも店頭に並ぶ

もう一つの工夫としては、まだ商品にはなるが早い段階で見切った野菜を調理してお弁当として販売している。

野菜たっぷりのお弁当は評判を呼び、昼時はお客様で長い列になっている。

「黒字に拘りながらお客様拡大のノウハウをためて行く。」と左今氏は言う。

「良い販売チャネルを持てば、良い商品を提供して頂ける生産者が自ずと集まってくる」とも言う。

 

情報の価値を高めるのは出会いの数

このビジネスモデルの「情報の楔」の大きな情報源は、店頭で得た情報で構成されているのだろう。

それらの情報やノウハウは、ヒューマンリソース事業でも生かされている。

ヒューマンリソース事業とは、アグリゲートが運営する旬八大学の事である。そこでは、生産者、バイヤー、小売店を対象とした講座開設を行っている。

SPFをもっと高みに上げる為の構想を左今氏はこう語っている。

「今、店頭を中心に1か月で4万人の方と接触する機会を得ています。それを100万人にしたい。」 

「マッシュルームのレシピ紹介をする」旬八青果店の西野晃央さん
「マッシュルームのレシピ紹介をする」旬八青果店の西野晃央さん

これは、まさに農産業の新たなプラットフォーム構築への挑戦なのだろう。

2016.10.24 山海亭珍味



【トピックス007】

Mr.ダッチの伊豆大島の特産品を満喫

こんにちは、Mrダッチです。

伊豆大島は東京から120km南の洋上に浮かぶ伊豆諸島最大の島。

黒潮の影響により一年を通じて温暖な気候に恵まれ、島の中央にそびえる三原山を中心とした火山島です。

今回は伊豆大島レポートをお送りします。

 

■面積:91.06km2

■人口:8,213人(H25.4.1現在)

平成22年の町勢データによると島人口4,144人に対して産業第一次産業の割合は295人で7.1%を占めます。

(うち農林業192人4.6%、水産業103人2.5%)

 

特産品としてくさや、牛乳せんべい、あしたば、魚介類、花卉類、椿油、自然海塩などが挙げられます。

参考:大島町勢データ:観光・産業

http://www.town.oshima.tokyo.jp/soshiki/seisaku/industry.html

 

(水産魚DATA)

伊豆諸島海域は複雑な海底地形と黒潮の回遊魚に恵まれた魚場環境です。

近海で獲れる魚はほとんどが大きな市場である東京港で陸揚げされます。

伊豆大島で陸揚げされる新鮮な魚たちは、その場で消費される以外に「地魚さつま揚げ」「大島ハンバ-グ」「天然さばあしたば和え」など加工品として流通されます。

●伊豆・小笠原諸島の魚

カツオ・ムロアジ・トビウオ・カンパチ・ヒラマサなどの回遊性魚類

タカベ・イサキ・メジナなど岩礁性魚類

メダイ・ムツ・キンメダイ・アオダイ・ハマダイなど深海性魚類。

テングサやトサカノリ、サザエやイセエビなどの磯根資源、イカ類が多く水揚げされます。

 

 

べっこう握りを食す!

郷土料理として知られているべっこう。

魚の切り身を唐辛子醤油につけると、つややかなべっ甲色になるためそう呼ばれます。

旬の魚を島とうがらし醤油に漬けるのは環境のなかで考え出した保存食です。

その味は代々受け継がれ、家庭やお店により異なり、それぞれの味があります。

ピリリとした醤油味で食が進みます。本格焼酎「御神火」と一緒に・・・

 

ぜんぜんモタれなーい!!

椿油で揚げたてをいただく大島温泉ホテル名物「椿フォンデュ」

 

伊豆大島は「椿」が名物

椿油(つばきあぶら)は、ツバキ科ツバキ属のヤブツバキの種子から採取される植物性油脂です。

各自テーブルの椿油で揚げる天ぷらが大島温泉ホテルでいただける「椿フォンデュ」です。

名産の「アシタバ」や、串に刺した新鮮な「海老」などの魚介類・野菜に衣をつけ、

こだわりの「椿油」で揚げながらいただきまます。

さっぱりしていてどんだけ食べてもモタれない。美味しかった。

大島行ったらマストメニューです。

 

自分で揚げて楽しい「椿フォンデュ」
自分で揚げて楽しい「椿フォンデュ」

磯の香りがたまらない たっぷり島のりそば&ラーメン


【トピックス006】

一日農業体験日記「らっきょう編」

今回はMr.ダッチの友人ハナマメさんが取材してくれました。

 

「1日農業体験してみませんか?」

そんな話をもらい行ってきました千葉県匝瑳市。

何をするんですか?と聞くとらっきょう掘りとのこと。

初めてなのでワクワクして行ってきました。

車で二時間走り、畑に着くと一面緑色の畑。

なんとここが全部らっきょう畑だそうです。

これだけ見るとどれがらっきょうなのかわかりませんが、

近づいてみると・・・。

 

 

 

 

雑草に紛れてなにやらそれらしいものがあります。

聞くとこの根っこの部分が私たちのイメージするらっきょうになっているようです。

掘り方のレクチャーを受け、いよいよらっきょう掘りスタートです。

らっきょうを掘り出した様子。

本当にあのらっきょうです。

 

掘り出したらっきょうは緑色の部分とヒゲをカットして適度な大きさに揃えた状態にするのですが、一つ一つ手作業でやっていくのでこの作業がかなり大変。

普段デスクワークで体力のない私は昼過ぎにはもうクタクタでした。

 

 

らっきょうと言うと漬けてある状態でスーパーに売っていて

今までそれを当たり前に食べてきたので

どのような状態で畑に生えているのか、どう収穫するのか、なんて考えたこともありませんでした。

 

でもそれは少し考えれば当たり前のことで、

ものにはすべて作る過程があり、それを作っている人がいるのです。

なんだかハッと気づかされた思いでした。

このらっきょう、収穫したものをかじってみました。

シャキシャキしてて少し辛くて、このままでも十分美味しかったです。

普段食べてる甘酢漬けだけではなく、らっきょうも料理の仕方はたくさんあって、

生はもちろん、簡単に塩もみして食べても美味しいですし、ホイル焼き、天ぷらと

工夫次第で様々なレシピがあるようです。

3 時になったらおやつの時間です。

畑仕事はこれが楽しみでもあります。

暑い中の作業ですので、水分(スイカ)補給は欠かせません。

みなさんとおしゃべりしながら美味しくいただきました。

その後も作業をして午後5 時、作業終了です。

この日の収穫は軽トラックの荷台いっぱいになりました。

このらっきょうはこれから無農薬野菜として出荷されていきます。

自分の収穫した野菜が人の手に渡り、食べてもらえると考えると

なんだか灌漑深いものがあります。

この日お世話になったのは千葉県匝瑳市にある「ひだまり農園」さん

太田さんの野菜は匝瑳市にある「たけおごはん」さんで食べることができますが、毎月代々木公園のアースデイマーケットでも販売しています。

太田さんは無農薬野菜にこだわって野菜作りをしています。

無農薬栽培はやっぱり大変らしく、この日はキャベツがたくさん虫に食われていてショックを隠しきれない様子でした。

でもやっぱりそれだけ愛情をかけて育てた無農薬野菜は本当に美味しいです。

特にひだまり農園さんのニンジンは絶品です。

持ち帰り、早速生でいただきましたが、甘くて、味が濃くて、まるで柿を食べてるようでした。

この日は他にもズッキーニや、ニンジン、キャベツ、ジャガイモなどの畑も見学させてもらい、

ちゃっかり持ち帰り用にいただいてしまいました。

 

普段何気なく食べている野菜ですが今回農家さんの立場に立って思ったことは

野菜はスーパーで買うものではなくて、農家さんが畑で愛情かけて育てているものだ、ということです。当たり前のことですが。

特に無農薬野菜なんて、よく知らずに購入して日々美味しくいただいていますが無農薬野菜作りを貫く覚悟はものすごいものがあります。

虫に食わせないための努力と試行錯誤。

より安全な食べ物を届けたいという一心で。

これを目の前で見てしまうとピーマンが嫌いだから食べませんなんて言えなくなります。

私はもともと好き嫌いはありませんが、これからより一層食べ物に感謝して野菜と向き合っていきたいと思うようになりました。

「いただきます」「ごちそうさま」は食べ物に対してだけの言葉ではなくて、生産者に対する言葉でもあるのかもしれませんね。

 

ひだまり農園 http://hidamarifarmblog.blogspot.jp

たけおごはん http://www.takeogohan.com/omise.html

アースディマーケット http://www.takeogohan.com/omise.html

 

 

 



【トピックス004】

マテは甘露の日和あり

地方から上京してきた人間にとって、地元で食べていたものについてこちらの人に興味を持ってもらえることはありがたいことです。

僕は長崎県島原市というところの出身なのですが、総人口で東京ドームを満員にできないくらいの小さな市にもかかわらず、比較的知名度があるようで、地元の名産品についてこれまで幾度となく尋ねられてきました。

ただ、その多くは「ちゃんぽん」「カステラ」といったどちらかと言えば県の名産品のものでした。一応地元ならではの情報を話してあげたいところですが、「ちゃんぽん」については『○ンガーハット』というメジャーなお店がこちらでも展開していますし、「カステラ」にいたってはコンビニでも買えます。ことさら期待に応えられるコメントがありません。

そんな中、名産品というわけではありませんが「地元で食べていたもの」という括りではいくつか思い入れがあるものがあります。

その中の一つが「マテ貝」です。

この貝の特徴は、細長い形状と、何よりもその独特の獲り方にあります。まず、干潮時の砂浜の表面をスコップ等で薄く掘り、マテ貝の穴を見つけます。そしてその穴に持ってきた塩を撒きます。そうすると満潮になったと勘違いした(…かどうかわかりませんが)マテ貝が穴からピョコンと飛び出してくるので、それを捕まえて引き抜きます。

穴の見つけ方や引き抜く際の力具合など、いくらかのコツはあったような気もしますが、その辺はアバウトでも結構獲れていました。僕も父に連れられていったデビュー戦からそこそこ獲ることができていましたし、多分その道のベテランの父にいたっては、しばらくはこの浜ではもう獲れないのではないか、というくらいのペースで獲っていた記憶があります。

 

そうして大量に獲ったマテ貝の食べ方は、うちでは、茹でたマテ貝に、醤油とマヨネーズを混ぜたもの(うちでは「マヨショー」と呼んでいましたがこの呼び方は全国区でしょうか?)を付けて食べていました。

 

上京後に、何度かこの貝について人に話をしたことがありましたが、マテ貝自体を知らない人も割りと多くいたので、漠然と、この辺では獲れないんだなあと決めつけていました。

しかし、今回この記事を書くにあたって少し知識を拾おうと思ってネットでマテ貝について調べたところ、何と東京湾でも獲れるとのこと。

ということは、探せばお店でも食べられるんじゃないかと思い、某グルメサイトで検索してみると、結構な件数がヒットしました。

思い出の味が口の中によみがえります。これはもう行くしかありません。

早速「沿線近く」「予算○○円以内」「1人でも入りやすい」等のキーワードで詳細検索し、それらの条件でヒットした内の1件、池袋の中華料理店『F』へと向かいました。

お店に入ると注文を取りにきた店員さんから「ニイハオッ!」という元気な声で迎えられました。カウンター席に座ったのですが、その後僕の両隣に座ったお客さんは、店員さんと中国語らしき言葉で会話していたところを見ると、客層は中国の方が多いのかもしれません。

早速お目当てのマテ貝料理を探そうとメニューを開いたところ、マテ貝料理だけでメニューの1ページを占めていました。某グルメサイトにはそのことは書いていませんでしたが、もしかしてマテ貝料理が名物のお店だったのでしょうか。

 

しかし、気になったのはメニューにある料理写真のマテ貝ですが…何か自分の思い出にあるマテ貝の形と違っているような…。

実際に一品注文してみました。食べる前に行儀悪くマテ貝だけほじくり出して確認したところ、メニューにある形状よりは、思い出の中の形状に近いようです。でも、まだ完全合致はしていません。

食べてみると、これは間違いなくマテ貝の味です。あぁ、「マヨショー」を付けて食べたい…無理だろうけど(当たり前)。

もちろんマヨショー無しでも大変美味しくいただきました。

お会計の際にニイハオの店員さんに話をしてみました。

「マテ貝料理っていつまで食べられるんですか?」

「いつでも食べられますよー」

「でもメニューに季節限定ってありましたけど…」

「あー、えーっと、9月くらいまでですかねー」

ということは、残りのマテ貝料理もまだまだ食べられる機会はありそうです。

あと、これは聞く前から結果が見えているような気もしますが…

「こちらのマテ貝はどこで獲れたものですか」

「これは中国ねー」

…納得。

いくつかの気づきがありましたが、何よりも、都内でもマテ貝が食べられることがわかって満足です。

とりあえず「マヨショー」を付けて食べるのは、帰省時まで持ちこしとしておきましょう。

なお、ただ食べるだけよりは、獲るところから体験したい方は、ぜひ島原半島観光連盟までお問い合わせ下さい。(※今年度の体験プログラムは終了されたそうです)

http://www.shimakanren.com/programs/detail/57

なまおさむ

 



【トピックス002】

自給自足始めました!?

魚を獲って、野菜を育てます!

食に関する応援サイト!

今回は我が家、食卓事情を応援します!

 我が家は、私、妻、大学生、高校生、中学生の5人家族。

とにかく食べます!

毎週末、近所の大型スーパーに車で買出しにいくのですが、買い物カゴ2つ満載でも一週間と持ちません。

いくら買ってきてもすぐに食べつくされてしまいます。

そこで少しでも自分達で食料の調達は出来ないものか⁉

プチチャレンジしてみました。

食料基本は肉、魚、野菜 。

肉。 肉は少しハードル高いですね。

庭で鶏、豚、飼うわけにもいかず…

魚。 魚は幸い海が近いので自分で調達可能か!?

野菜。 野菜は家庭菜園でチャレンジしてみましょう!

 

ということで、魚と野菜を始めて見ます!

 


まずは魚。

さっそく週末に、一番下の中坊を連れて、歩いて15分の茅ヶ崎柳島海岸へ行きました。

ベタ底遠浅の柳島海岸は6月のこの時期、キス釣りで有名です。

浜からの投げ釣りです。

釣りは未経験ではありませんが素人に近く、竿もリールもありあわせのもの。

特に投げ釣りは経験浅く、なかなか遠く、魚のいる沖の方までは飛んでいきません。

さて、釣れるのでしょうか!?

 


やはりそんな甘いものではありませんでした…

朝6時からお昼まで何度も何度も投げてなんと…1匹

しかもキスではなく小さくてかわいいのが1匹…

釣れたというか、引っかかっていたというか…

子供魚図鑑で調べてみると小さなかわいいのはヒイラギという魚でした。

食べられる魚でしたので焼いて食べました。


翌週、まどろっこしい釣りはやめて今度は一機に大量捕獲!

毎年この時期地元自治会で行われる地引網に参加したのです。

こちらも一番下の中坊と。

朝7時浜集合。

あらかじめ漁師の方が沖に仕掛けておいた地引網を浜の2機のローラーで巻き上げます。

その網の両サイドを皆で一緒に引き上げます。

引き揚げ切ったその網の中は大量のシラス、サバ、アジ!

これだけあれば、一食分だけですが十分晩ご飯のおかずには間に合いますね!

しかし、これは自給自足とは言いませんね…

 

地引網は茅ヶ崎漁港に複数ある釣り船屋や、地元漁師の方々が行っております。

この時期になると、団体客が早朝よりの地引網、その後捕れた魚で一杯やりながらの宴、BBQなどがあちこちで行われ、浜いっぱいにとてもいい匂いが漂います。

皆さんも一度いかがですか?

 

 

茅ヶ崎市観光協会/茅ケ崎市漁業協同組合HP

http://www.chigasaki-kankou.org/play/detail/beach005.html

 

次回は野菜編、家庭菜園をご報告します。

Chigasaki浜のG